テレジン収容所の幼き画家紹介 野村路子さん
学校図書株式会社が発行する小学6年の国語教科書には、野村さんが書き下ろした「フリードルとテレジンの小さな画家たち」が収録されている。野村さんは、小学生の感想文を大切に読んでいる。 1937(昭和12)年、東京生まれ。…
学校図書株式会社が発行する小学6年の国語教科書には、野村さんが書き下ろした「フリードルとテレジンの小さな画家たち」が収録されている。野村さんは、小学生の感想文を大切に読んでいる。

1937(昭和12)年、東京生まれ。小学2年の時に東京大空襲で家を失った。幸い家族は無事だったが、疎開先で感じた差別や偏見を今でも思い出すという。
早稲田大学仏文科卒業後、国家公務員となり、結婚後はコピーライターとして働いた。子育てをしながらタウン誌の編集長を務め、弁護士だった父親の勧めもあり家庭裁判所の調停委員をしていた。
多忙な中だったが、次女の麻紀さんが大学を卒業する際、記念として一緒にヨーロッパを旅行した。親子でまず訪れたのは、ナチスドイツによる悲劇を生んだアウシュビッツだった。
一見すると大学のキャンパスにも見えるというレンガの外観。誰もいない重々しい雰囲気の中、虐殺された人々の大量の髪の毛や衣類品を目にした。死を思わせる空間が至る所にあり、親子で肩を寄せ合いながら歩いた。
「娘は生まれた時から体に異常があって、18歳までしか生きられないと言われていましたが、大学を卒業する年齢にまで成長しました。16歳で死んだアンネ・フランクよりも長生きし、『無事に生きてこられてよかったね』と、娘にこの場所で伝えたかったのです」



