【信楽高原鉄道事故35年①】 忸怩たる思い今も 元鉄道マン僧侶・水江武雄さん
滋賀県甲賀市の旧信楽町で1991(平成3)年に起きた信楽高原鉄道事故=用語解説=を巡り、犠牲になった42人を弔う追悼法要に毎年、参列している僧侶がいる。導師としてではない。事故に深く関わり、自責の念を持ち続けて読経する。「忸怩(じくじ)たる思いは消えない」。事故から35年となった今年の5月14日も、慰霊碑の前に姿があった。
〈主筆〉小野木 康雄•
導師退席後に読経
浄土真宗本願寺派僧侶の永江武雄さん(85)=大阪府島本町。旧国鉄と民営化後のJR貨物で勤務した元鉄道マンで、多くの期間を国鉄労働組合(国労)の専従役員として過ごした。JR西日本と信楽高原鉄道(SKR)が主催する追悼法要に、2006(平成18)年から毎年、参列している。
最初の頃は離れた場所で遠慮がちにしていたが、やがて導師が退席した後、焼香や献花をする一般市民のために、慰霊碑の前で読経するようになった。

「お経をあげてくれと求められたわけではなく、勝手に押しかけてやっていること。いつ『やめろ』と言われないかと思いながら続けてきた」
今年の法要前には、JR西の倉坂昇治社長と滋賀県の三日月大造知事からあいさつを受けた。倉坂社長とは、かつてテーブルを挟んで丁々発止の労使交渉をした旧知の仲。三日月知事はJR西での勤務経験があり、鉄道マンとしては永江さんの後輩に当たる。
「これで公認が得られたと思うことにした。来年からはヒヤヒヤしなくて済む」と永江さん。そこまでして追悼を続けたい理由は、信楽高原鉄道事故に対する慚愧(ざんぎ)の念があるからだ。
