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かも弁護士のヒューマニズム宣言有料

〈31〉隠さず逃げず向き合う

確かに、靱負の最期については病死説もある。一方で、薩摩藩の弱体化を図る幕府による熾烈な冷遇や妨害により、工事の中途で自刃した者も多数いたとされる。しかもそのことが幕府に発覚すれば薩摩藩そのものの存続の危機ともなりかねな…

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 確かに、靱負の最期については病死説もある。一方で、薩摩藩の弱体化を図る幕府による熾烈な冷遇や妨害により、工事の中途で自刃した者も多数いたとされる。しかもそのことが幕府に発覚すれば薩摩藩そのものの存続の危機ともなりかねないことから、その実態がひた隠しにされた経緯もある。果たして史実がどうであったかを確定することは困難である(なお、国土交通省木曽川下流河川事務所、関係自治体である養老町や海津市のホームページでは、自刃説によった紹介がされている)。

 さて、仮に靱負が病死だったとして、その死は宝暦治水と無関係だったと言えるだろうか。

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