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かも弁護士のヒューマニズム宣言有料

〈42〉6月が来るたびに

私が大崎事件の弁護人になったのは、第1次再審で一度は認められた再審開始決定が取り消された直後の2004年の暮れだった。その後、弁護団事務局長となり、主要メンバーの一人として闘った第2次再審は全敗だった。 アヤ子さんが…

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 私が大崎事件の弁護人になったのは、第1次再審で一度は認められた再審開始決定が取り消された直後の2004年の暮れだった。その後、弁護団事務局長となり、主要メンバーの一人として闘った第2次再審は全敗だった。

 アヤ子さんが88歳となり、「これが最後の闘い」と臨んだ第3次再審請求で、17年6月28日、鹿児島地裁は実に15年ぶりとなる2度目の再審開始決定を出した。裁判所はこの日に決定が出ることを、6月9日の夕方弁護団に告知したのだが、実はこれには裏話がある。

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