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かも弁護士のヒューマニズム宣言有料

〈44〉立ち上がる人、支える人

そこには外交官・杉原千畝の記念館がある。千畝は1939年に開設されたリトアニア領事館の領事代理として、ナチスドイツの迫害から逃れるためにビザの発給を求めて領事館に詰め掛けた2千人を超えるユダヤ人たちに、「命のビザ」を発…

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 そこには外交官・杉原千畝の記念館がある。千畝は1939年に開設されたリトアニア領事館の領事代理として、ナチスドイツの迫害から逃れるためにビザの発給を求めて領事館に詰め掛けた2千人を超えるユダヤ人たちに、「命のビザ」を発給し、家族を含め6千人余りを出国させた。

 千畝はビザ発給にあたり、外務省から許可を得るべく交渉を続けたが、ドイツとの同盟関係を模索していた本国は難色を示した。結局、千畝は、命の危機が迫っていたユダヤ人たちに人道的見地から独断でビザを発給した。その功績は今でこそ「日本のシンドラー」としてたたえられているが、国の意向に逆らったとして、帰国後外務省から退職勧奨を受け、その後は職を転々とする生活を余儀なくされた。

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