〈47〉わかれ
翌日の早朝、京都から鹿児島に飛び、母の亡骸(なきがら)と対面してもまだ、「母の死」という実感が持てないまま、分刻みで葬儀の段取りを決め、老健施設、銀行、役所などを慌ただしく回って諸手続きを行った。そして、親族と母の親し…

翌日の早朝、京都から鹿児島に飛び、母の亡骸(なきがら)と対面してもまだ、「母の死」という実感が持てないまま、分刻みで葬儀の段取りを決め、老健施設、銀行、役所などを慌ただしく回って諸手続きを行った。そして、親族と母の親しい人のみの、つつましくも温かい通夜と葬儀を執り行い、母は棺(ひつぎ)を埋め尽くす色とりどりの花々に包まれて旅立っていった。自分の親をこのように言うのも何だが、息をのむほど美しい死に顔だった。

