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【熊本地震】<寄稿>深刻化する「支援格差」 報道なき宇城・豊野の現実/大阪大学大学院教授宗教者災害支援連絡会代表 稲場圭信

 令和8年熊本地震の発生から日がたつにつれ、被害の全容が徐々に明らかになってきた。しかし、現地を歩いて痛感したのは、被害の大きさとは別に、「支援や報道の格差」が深刻化しているという現実である。多くの報道は熊本県八代市を中心に伝えられている。一方で、甚大な被害を受けた同県宇城市豊野町の状況は、ほとんど社会に知られていない。

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 現地を案内してくれた真宗大谷派光照寺の糸山公照住職は、「10年前の熊本地震でも豊野町は報道されず、今回もまた素通りされている。支援もボランティアも豊野を通り過ぎてしまう」と何度も語った。その言葉には、「見えない被災地」となってしまうことへの強い危機感がにじんでいた。

擁壁の崩壊でふさがれた道路=熊本県宇城市豊野町
擁壁の崩壊でふさがれた道路=熊本県宇城市豊野町

 実際に豊野町を歩くと、至る所でブロック塀が倒れ、日本家屋では重い瓦屋根が崩落し、多くの住宅が全壊・半壊していた。10年前の熊本地震からようやく修復を終えた家が再び被災した例も少なくない。さらに、地震直後には立っていた建物が、その後の余震によって数日かけて倒壊したケースも見られた。

 避難生活も厳しい。指定避難所である豊野防災拠点センターでは、施設の一部で天井が崩落し、本来の機能を十分に果たせない状態となっていた。避難所に入りきれない住民は、自宅の一部やガレージ、あるいは車中で生活を続けている。

 台風や豪雨による2次被害への不安が高まる中、ブルーシートや簡易トイレ、女性用品などの生活物資に加え、屋根の応急処置を行う人手も依然として不足している。

地域に根差す宗教者の受援力

 こうした状況の中で、行政だけでは対応しきれない課題を補っているのが、地域の宗教者や災害支援団体、ボランティアである。

 光照寺では、糸山住職自身も被災者でありながら、無事だった門徒会館を地域住民に開放し、本堂を支援拠点として活用している。

光照寺では本堂を支援拠点として活用している
光照寺では本堂を支援拠点として活用している

 

 また、糸山住職が代表を務める市民活動団体「うきのわ」を中心に、必要な物資を集め、支援が届きにくい住民へ届ける活動が続けられている。近隣の福祉施設など、公的支援が十分に届かない場所とも連携し、地域全体を支える取り組みが進められている。

 被災地では自治体や社会福祉協議会もまた被災しており、限られた人員で膨大な業務を担わなければならない。そのため、行政だけで被災者一人一人に寄り添うことには限界がある。

 だからこそ、地域に根差し、住民との信頼関係を築いてきた宗教者や地域団体、経験豊かな災害NGOが行政と連携しながら支援を届ける体制が重要になる。

 地域の実情を知る人々が外部支援を受け止め、必要な人へ確実につなぐ「受援力」を高めることは、これからの災害対応に欠かせない視点である。

偏り是正し、全体の復興を

 災害では、被害の大小だけでなく、「報道される地域」と「報道されない地域」が生まれることで、支援格差が拡大する。豊野町では、まさにその現実が起きている。

 現地では、「豊野の状況をもっと伝えてほしい」という切実な声を何度も耳にした。私自身、この町を歩き、その光景を前に言葉を失った。

 私たちは持続可能な開発目標(SDGs)=用語解説=や大阪・関西万博を通じて、「誰一人取り残さない」という理念を繰り返し掲げてきた。しかし、その理念が最も問われるのは、遠い国ではなく、今この日本の被災地である。

 被災地全体の復旧・復興を進めるためには、八代市だけでなく、宇城市や豊野町をはじめとする報道の少ない地域にも目を向けなければならない。被害の実態を社会全体で共有し、支援の偏りを是正していくこと。それこそが、一人でも多くの被災者の生活再建につながる第一歩になると信じている。

稲場圭信(いなば・けいしん)
 1969(昭和44)年、東京都生まれ。宗教者災害支援連絡会代表。大阪大学大学院人間科学研究科教授。東京大学文学部卒業。ロンドン大学大学院博士課程修了。神戸大学助教授などを経て、2016(平成28)年から大阪大学大学院人間科学研究科教授。